雨の日に

 ぱた――、
 とどこかで雨粒の落ちる音がした。その音は瞬きのうちに、三成を取り囲んで閉じ籠めた。かれは、思わずぼうっとなった。降ると決めたからには、降る。そんなふうな雨だった。
 ふと、その雨の帷が遠のいた。三成はいつの間にかかたわらに距離をつめた温もりを認める。大きな羽織が己が頭上にかざされている。

「さこん」
「殿、こちらへ」

 いつもなら、憤って文句のひとつも出そうなものだった。だが天の潔さとおとこの手際のよさに、かれにしてはめずらしく、諾々と手を引かれたのだった。
理想家と現実家

 世に理想を語るものがあっていい。
 しかしこのひとの不幸は政権の中枢にあることだ。しかし同時に、それがこのひとの幸福。

(…ままならないもんだね)

 左近は穏やかに眠るあるじの頬をなぜる。
 あるじのその、主家を思う熱に、左近でさえ時折焼き尽くされそうなきもちになる。けれど同時にそれが、うそ寒いまやかしのように思えることもある。
 完全に突き放すにはこのおとこは情を持ち合わせすぎているし、かといってのめり込んでもろともに身を擲つことも、この現実主義者には難しいのであった。
その神秘的な

 左近は思わず手を伸ばし、あるじの頬にふれた。

(なんではねのけない)

 そんな勝手なことを思い、目を細める。
 おとこの肌だ。そんなことはわかっている。
 けれどそのわかい肌は己のものよりもすべらかで柔らかい。
 そのふくらみを指で辿りながら、左近は思う。

(まるで天平の諸仏のようだ)
無題

 ことの最中、三成は頑なに口を閉ざそうとする。そしてそれはまるで呻きのような声となって、左近の耳朶をうつ。
 そのようにして耐えるさま。
 張り出した肩甲骨の間を汗が流れる、そのさまに左近はひどく欲情する。

「殿、そんなに咬んでいてはくちびるを切りますよ」

 ことばの穏やかさとはうらはらに激しく揺さぶりながら、左近はあるじの耳に囁く。
 そうして無骨な指をむりやり口唇を割ってさしいれ、ようやっと、その妙なる響きを耳にする。


20091117
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